有名競馬騎手〜柴田政人〜

競馬騎手〜柴田政人とは〜

日本中央競馬会を所属団体とし、騎手として活躍した柴田政人は、青森県を出身地として馬産農家に生まれました。

競馬騎手〜柴田政人の生い立ち〜

生年月日は1948年8月19日となっています。実家は馬産の農家としてもともと馬と深い繋がりがあり、柴田は子供時代から馬に親しんで過ごしました。家族にも馬に関連する職業に就く者が多く、叔父や兄も騎手として活躍しています。身長155cm、体重は51kgで、生い立ちに加えて体格もまた騎手に向いたものでした。

競馬騎手〜柴田政人の活躍〜

中山競馬場の高松三太の元で数年間の修行を積んだ後、1967年に柴田正人はデビュー戦を果たします。デビュー後から着実に勝利を重ねながら、4年目にアローエクスプレスに騎乗し、京王杯にて勝利を獲得しました。アローエクスプレスはのちに啓衆社賞最優秀3歳牡馬なども受賞した名馬で、これが柴田の重賞初勝利となっています。

1971年には全国ランキングに入ったものの、勝利数は同年、翌年ともに落ち込んでしまいます。これに奮起してリーディングジョッキーとなると、1980年には秋の天皇賞で伝説となる名勝負に勝ち、観客の予想に反してプリテイキャストと共に優勝を得ました。その後も天皇賞の連覇、ジャパンカップの勝利など、華やかな経歴を築いています。

競馬騎手〜柴田政人の引退後〜

多くの勝負を制した柴田政人は、1991年になると通算1万回の騎乗を達成し、日本騎手クラブの会長職も勤めます。しかし1994年の落馬事故で重傷を負い、リハビリを経たのちに引退が発表されました。特別模範騎手賞およびユネスコ日本フェアプレー賞実行賞などを受賞した名騎手として、その引退が惜しまれましたが、引退後には調教師として活躍しており、オンワードモンローなどの調教を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です