有名競馬騎手〜松永幹夫〜

競馬騎手〜松永幹夫とは〜

1000勝以上している騎手が調教師に転身し活躍しているケースは稀ですが、その両方でG1を勝っている数少ない人物が松永幹夫氏です。松永幹夫氏といえば、そのルックスと優しい人柄から「ミッキー」の愛称で多くの女性ファンを獲得し、予想において馬券には女性票が半数以上などといった逸話が残るほどです。このように騎手時代にはアイドル的な人気を博したことは記憶に新しいところです。

競馬騎手〜松永幹夫の生い立ちと活躍〜

そんな松永幹夫氏の生い立ちは、生年月日は1967年4月10日で、出身地は熊本県です。身長は162センチ、体重は49キロで、1986年に所属団体であるJRA栗東山本正司厩舎からデビューします。同年最多勝利新人騎手になるなど早くから頭角を現し、1991年のオークスでイソノルーブルに騎乗し念願のG1制覇を成し遂げます。

その後も牝馬限定競争での活躍などから「牝馬の松永」という異名を取ります。引退までにG1で6勝全てが牝馬によるもので、なおさらその異名を強くさせたわけです。ただ、本人にとってはうれしくはなかったようで、牡馬で勝っていないからそう呼ばれるだけですと述べています。

それでも記憶に残るレースといえば、2005年に中央競馬発足後初の天覧競馬となった天皇賞秋で、牝馬のヘヴンリーロマンスに騎乗し見事1着となったのは彼らしいと言えます。そしてこのレースで印象的だったのは、勝った後にスタンドで観戦する天皇・皇居に向かいヘルメットを胸に抱え、馬上から最敬礼を行ったシーンです。これも立ち振る舞いに華があった松永幹夫氏だからこそ絵になったと評価されています。

その後2006年に調教師免許に合格し、師匠の山本厩舎を引き続くかたちで開業します。2009年に小倉記念のダンスジョイで重賞初制覇、同年秋華賞のレッドディザイアで念願のG1初制覇を成し遂げます。その後も優秀技術調教師のタイトルを獲得するなど期待されています。

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