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有名競馬騎手〜郷原洋行〜

競馬騎手〜郷原洋行とは〜

郷原洋行氏と言えば、古参の競馬ファンならその名を知らぬ者はないでしょう。若い世代は調教師としてその名を記憶している方が多いかも知れません。

競馬騎手〜郷原洋行の生い立ち〜

郷原氏は生年月日1944年1月21日、出身地は鹿児島県で、いわゆる薩摩隼人のイメージ通り『剛腕』と称された伝説の騎手です。どちらかと言えば騎乗スタイルは合理的でスマート、先行抜け出しというリスクの少ない形を好んだと言われていますから『剛腕』というのはその強さに贈られた称号なのでしょう。

所属団体は美浦トレーニングセンター、関東を代表する騎手として当時は『闘将』と称された加賀武見騎手と人気を二分したスーパースターでもありました。デビュー当初の身長・体重など、騎手としてのデータは戦績以外に見つけることはできませんが、彼が卓越したセンスと才能、そして理想的な身体能力の持ち主であることは疑いようがありません。

そんな郷原氏の生い立ちを見てみると、農家の次男坊として生まれ、幼い頃から農耕馬などを通じて馬に慣れ親しんでいたことがわかります。中学時代には競馬の騎手を志していたと言いますから、やはりその天性の才能を神は見逃さなかったということなのかも知れません。

当時の予想屋の間では、関東の双璧騎手である郷原氏と加賀氏の激しいライバル関係を表すのに「加賀と郷原が同じレースで逃げ馬に乗っていたら、競り合って潰れるから馬券は買うな」などという格言があったとするエピソードもあります。「競馬は男のロマン」という概念が誕生した第一次競馬ブームを想起させる熱いエピソードですね。

競馬騎手〜郷原洋行の活躍〜

ともあれ、騎手としての郷原氏は重賞で83勝、G1では10勝を挙げ、通算1500勝を達成してステッキを置きました。現役時は日本騎手クラブの会長を務め、1992年には日本プロスポーツ大賞功労賞を受賞するなど輝かしい功績を数多く残しています。
間違いなく、競馬黎明期を支えた功労者の一人と言えるでしょう。